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2009年2月22日 (日)

「普通である」そのことが、すでに相当な幸運である

Saidai

 埼玉大学で土曜日は午前・午後びっしりと講演とパネルディスカッションをききました。
 「地域と社会の再生」「協同労働」がテーマです。
 20世紀におけるソビエト社会主義の失敗、そして21世紀、今回の「100年に一度」といわれるの市場原理主義資本主義の破綻、どちらも社会に与えた影響は大きく計り知れないものがあります。そして今、この歴史的パラダイムにどう私たちは生きていけば良いのでしょうか? 環境・エコロジー・少子高齢・食糧問題・安全と安心など正面から向かっていかなければならない課題にどう仕事おこしをして、地域を再生していくのか? まさに今、挑戦的な社会問題についてみっちりと勉強しました。
 身近に考えると、これからの仕事は地域の発展に寄与して、人々の細かな社会的ニーズに応えていく時代になったという気がします。中央集権的に号令をかけても、もはや一朝一夕には社会的イノベーションが進まない時代です。地域の人々が主人公になって、目の前の課題にみんなで解決を探っていく、そうした地域の再生とともに仕事をつくっていく、そのような時代になっていくのではないかと…。そこは大企業があれこれできることではなく、小さなグループや事業所が役立ちます。
 「協同労働」については日経新聞2月1日朝刊の「風見鶏」というコラムで取り上げられ反響を呼んでいるそうです。派遣切り、雇用問題が大きな社会問題となっています。『「普通である」そのことがすでに相当な幸運である』というのはイタリアの青年が新聞に投書した記事のタイトルで、大きな話題となったそうです。普通に働いて、結婚して、子どもを産んで、家族で過ごす団らん…等々。この普通で当たり前のことすら今の若い世代には選択できない、選択できたとしたらそれは相当幸運な人であると。何よりも働けるということは社会参加の一番の選択です。働けないのは社会的に排除されているわけですから、それは社会全体としてきちんと支援していく必要があります。
 日本はこと「働く」ということに関してはずっと極端なままです。ここをまず是正して、きちんとしたワークルールで働ければ、日本の潜在力をもっと引き出せると思います。子育てや教育、介護の問題ももっとずっと良くなると思います。贅沢に暮らすことをみながみな望んでいるわけではないでしょう。それこそ「普通」に暮らしたいのですから。

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2009年2月13日 (金)

Parallels Desktop 4.0 for Mac ビルド 3810

Para3810

Parallels Desktop 4.0 for Mac ビルド 3810でパフォーマンスが戻りました。

ビルド3540では3.0に比べちょっと重たかったのですが、3810は同等です。それにDual Coreに対応したので、仮想PCでも重たい処理に有利です。最近のWindows系のDTP処理はもっぱらParallels上ですましているのですが、あまり負荷もなく処理できてしまいます。

それと、Windows XPはBoot Camp上のOSを利用して、これをメインとしていますが、Vista環境もFont環境が違うので用意しています。あと3810で試験的にサポートされているWindows 7も体験してみました。Windows 7はOSのコアはVistaですが、やはりインターフェースもVistaの臭いがしています。ただ、インストールやウィンドウ操作でもキビキビした感じで、ネットブックからデスクトップまでこれでまかなうというのもうなずけます。まあ、そうでもしないといつまでもXPが残ってしまいそうですからね。Parallels環境の便利ところは、こうした違った環境をいくつでも用意できてしまう点です。仮想PCの利点です。

例えばMSゴシックやMS明朝でJIS2004系のフォントを使うか、それとも従来フォントなのかという環境も別にして保持できてしまいますね。

WordやExcel、PowerPointからのPDF処理が多いのですが、ここからチラシやポスター、資料集、帳票類などを処理します。やはり時代の流れかカラーの仕事が多くなっています。いままで印刷ではモノクロですましていた写真や図版ですが、実際のデータ上はほとんどカラーですから、これをそのまま印刷にしてほしいというように、お客さんが望むようになってきています。それもデジタルプリントがオフセットに変わらない品質で安価に提供できるからです。

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2009年2月10日 (火)

Page 2009

Page2009

結局、仕事の都合が付かずPageには行けませんでした。このところ仕事の傾向としても週末にかけていっそう忙しさが増してくるので、若い頃はそれでも合間を縫って飛んでいったのですが、昨今はとてもそんな芸当はできません。

さて、行ってきた社員によりますと1日目は編プロ系らしい方々も見かけられたようですが、2日目からは会場は黒ずくめのスーツ姿の方がほとんどだったようです。ラフな格好で出かけた女性は、スーツの男性ばかりで気後れしてしまうような感じだったそうです。多くの来場者で賑わっていたのは嬉しいことです。

ゼロリセット 惰性のメディアビジネスに終止符を! にある、問題意識は特に最近の傾向として私たちが考えていかなければいけないことだと思います。この文章は簡単ですが、要点をうまく捉えていると思います。

ひと言で言って「IT化が進むビジネスプロセスに合わせてデジタル情報をどのように整理・管理・活用すべきか」につきるのではないかと思います。どのメディアもこれで悩んでいるし、コンテンツを発信する人は特にそうではないかと…。

そこで「Consumer is first」でソリューションを提供していくこと、そのデジタルツールと環境はそれこそ様々なものが存在するし、色々なモノを上手に組み合わせて期待に応えていくことができる時代になったと思います。かつては大企業しかできなかったことが、いまではITと数人の事業所でも出来てしまうのです。なんだかんだといっても目に入ってくるモノや手にするモノはグラフィックなわけで、まだまだ色々なアウトプットは出来るだろうし、最適化されていくのだと思います。

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2009年2月 2日 (月)

最近の消費傾向に思う

Crocus

自動車が売れなくなってきています。たぶんこれからは環境性能のよい車が売れる時代だと思います。人類はそのために頑張らなくてはいけないでしょう。「自動車を作れば売れるもの」という信用はリセットする必要があります。自動車に代わる代替案も含めて検討する時代になっています。

PC関係でいえばULCPC (Ultra Low-cost PC)の大人気です。このCPUはAtomといわれる低消費電力、そして小さくて、発熱も少なく、おまけに低価格でわりと高性能というものです。だれもがCore 2 Duoの性能を欲していないのは明らかです。これはOSにもいえることで、マッチョでなんでもかんでもつめこんだOSよりは、軽くてサクッとうごき、扱いやすいものが求められています。Atomはある意味でPCのCPUをリプレースし、Core 2 Duoの市場をも脅かしました。でもそれはユーザーが何を望んでいたのかを端的に示しているのではないでしょうか。

さて、我が印刷業界、出版業界にとってはどうでしょう? 私が担当している仕事の傾向としては単純化すれば全判平台4色機かオンデマンド・デジタル印刷機かという感じです。ロットや色数、台数があるものは全判4色機の仕事になってしまっていますし、4/0で1,000~2,000枚以下、あるいはカラー、モノクロで数百部というような冊子の仕事はオンデマンドになってきています。共通するのはデジタルのPDFデータが下版するデータだということです。その中間がなくなってきているような気がします。

出版でもデジタル化は環境としてはもう準備は出来ているので、あとは運用面の判断でしょうが、やはりいつでもどこでもデジタルデータがあって、簡単に検索やプリントが出来、しかも必要に応じて印刷・製本サービスが利用出来る状態になってるといいでしょう。ここでも環境負荷のためにも印刷は最小限にすべき時代になってきていると思います。

メディアの棲み分けがもっとはっきりしてくるでしょう。「広告批評」のインタビューにあったようにこの30年は日本が経済大国になり、消費大国になるという時代だったのですが、いまはモノを買わないことが豊かさへの道だというような意見も出てくる時代です。メディアはこの消費に大きな役割を持っていたわけですが、先のように消費者の方がもう判断を握っている時代となってきたわけです。

▲ クロッカスが咲き始めました。もう春なんですね。

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2009年2月 1日 (日)

マスメディア広告に残るのは「あいさつ機能」について

Koukoku

今年の4月号で休刊となる「広告批評」
昨年の5月の記事ですが、「広告批評」生みの親であるマドラ出版社主の天野祐吉氏のインタビューが面白いので、ぜひご覧下さい。
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMITzx000016052008

クリエーターの役割やマスメディアとWeb、Web広告の違いなど、いろいろ考えさせてくれます。広告の役割を次のように説明し、情報過多といわれるが、今までが情報過小であったので、Webの発達によりやっと情報が行き渡るようになったという点は、うなずけます。マスメディア広告に対してCGMがこれまでの一方的な情報流布を変えてきたということは、ある意味「広告批評」がやってきたことがWeb上ではCGMの中で行われているとも言えます。もちろん確固たるものではありませんが、そういう側面をもっているでしょう。

「広告は基本的に商品についての『インフォメーション』と、その商品の仕様や性能を説明する『リポート』、企業の考え方や姿勢を伝える『オピニオン』という 3つの情報で構成されています。このなかのリポートという部分はほとんどいらなくなっていくんじゃないですか。広告でどんなことを言っても、ウェブを見た ら消費者にはよく分かっちゃう」

マスメディア広告に残るのはオピニオン的な「あいさつ機能」になってくるとして、いくつかの事例も挙げています。そういえば最近のテレビ広告は、どこの会社の広告か、なんの広告か分からないものがふえていますね。単純に存在証明みたいな印象づけだけの広告ですね。

そして、考えさせられるのは次の下りです。

「一番儲かっているのは、そんなにクリエイティブを必要としない部分だと思いますよ」

たしかにWeb広告はアフェリエイトなり、検索連動広告なり、お金になっているのは単純バナーやクリック広告ばかりです。グラフィックに携わる私たちにとって、これは重大です。Coolでイカしたものより「必要な情報がほしい」というユーザー選択です。Webの時代にとってこれは大きな宿題となりそうです。

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